骸が殺されて、綱吉が狂う話。
※シリアス・死ネタ注意。
月明かりと静寂だけが、2人を包んでいる。
「僕は、君が怖い」
それは唐突に発せられた。
背の低い青年の肩が震える。
「怖い・・・?」
「ええそうです。僕は君が怖い」
傷付けてしまうのは必然だと、六道骸は思っていた。
しかし嘘を吐いても、彼―沢田綱吉―は傷付く。
彼は聡いから。
「怖いって・・・、どう言う事・・・」
「・・・君が、真実を見透かしてしまうから。君がそれ故に脆いから。・・・君が、愛し、過ぎるから」
「・・・っ」
「愛する事を知らなかった僕は、君にその意味を与えられた。愛を知った僕の世界は、どんなに輝いて見えたか、君には理解出来ないでしょう」
だって君は、最初からたくさんの愛を受けていたから。
「僕は、君を愛し過ぎてる。この想いを持て余す限り、僕は君を壊してしまうかも知れない。・・・それでは、意味が、ない・・・っ」
君は、生きなくてはならない。
君を求めている者は、たくさん居るのだから。
「・・・骸」
「・・・・・はい」
「ありがとう」
「・・・えっ・・・?」
綱吉は、真っ直ぐ骸の瞳を見ていた。
逸らす事を許さない、彼特有の瞳だった。
「俺を愛してくれて、ありがとう」
ふわり、と綱吉が微笑む。
「苦しめてごめん。・・・俺の事、忘れていいから」
「・・・・・」
「さようなら、骸」
彼は強かった。
しかし、それ故愛惜しい程に脆かった。
「僕は、本当は・・・」
ずっとずっと、傍に居て欲しかった。
この頬を伝う雫の意味を、溢れ出しそうな想いの名前を与えてくれたのは、いつだって彼だった。
これから通る苦しみも、痛みも、彼に共感して欲しい。
けれど彼と共に居たら、彼を壊してしまうから。
「・・・君はどうして・・・、こんなにも・・・っ」
別れの言葉を口にしようとしたのは、自分の方だったのに。
狂おしい程の愛を持て余して、骸は独りその場に蹲った。
いつからこんなにも、弱くなったのかと思う。
涙が止まらない。
大人になってもこの体たらく、師が見たら何と言うだろうか。
何と言われてもいい、どうせこの涙はそれ位じゃ止まらない。
「ごめん、骸・・・、ごめん・・・っ」
お前の世界を奪って、ごめん。
彼の精一杯の優しさが、彼を憎む事を望んでいた。
だけど、
「お前を嫌いになる位なら・・・、」
死んでしまった方が、マシだ。
* * * * *
別れを誓ったあの夜から、数ヶ月が経過した。
マフィア同士の抗争が再び激化し、ボンゴレは崩壊の危機に陥っている。
「10代目!雲雀が時間を稼いでいる内に・・・!」
「でも・・・!」
「早く行きなよ。誰の所為で、余計な傷を負ったと思ってる」
ちら、と雲雀恭弥の視線が、綱吉の背後の獄寺隼人に向けられた。
頷いた獄寺は、素早い動作で綱吉を俵担ぎにする。
「すみません、10代目・・・!」
「獄寺君・・・っ」
やめて、と綱吉の目蓋が力を込めて閉じられた。
「もう・・・、何も失いたくなんて・・・、ない、のに・・・っ」
静かな懇願を、銀髪の青年だけが聞いていた。
銃声と、鉄錆の匂い。
彼にとって甘美であったその気配は、今は不快なものになっていた。
死ぬのかな、と霞む意識でそんな事を考える。
「・・・そんな訳には、いかないか」
愛しいあの子が泣いているから。
彼が泣くのは、自分がこうやって囮になっているからだけではない。
彼が好いていた六道骸が、彼に別れを告げて失踪したから。
飛来する弾丸を弾いて、雲雀恭弥は足に力を込めた。
まだ、行ける。
「君達、舐めているのかい?」
挑発してやれば、それに乗った男達が次々に突進して来る。
相打ちなんて無様な事この上ないが、この際どうでもいい。
愛しい彼が、少しでも生き永らえられるのなら。
「随分良い様になっているじゃないですか」
世界が静止した。
瞬き一つの内に、全ての男達が眠るように地に倒れる。
殺さないのは、『約束』だったからか。
「・・・・・遅過ぎだよ、君」
「僕だって、2度と君の前に姿を現すつもりはありませんでしたよ」
足が縺れて倒れかけた雲雀の身体を支え、骸は呟いた。
「・・・君が居なくなってから、綱吉は病魔に犯された」
「・・・・・」
「もう長くないとまで、言われてる」
雲雀から、確かな殺意が露になる。
それも当然の事だろうと、骸は自嘲した。
どちらにしろ彼を死なせてしまうなら、何を選べば良かったのか。
泣く事に飽きたのか、瞳から涙は零れなかった。
「どうして君は・・・、僕を憎んではくれなかったのですか・・・」
* * * * *
銃声が止んだ。
雲雀が全員仕留めたのか、それとも。
悪い事ばかりが脳裏に浮かんでは消えていく。
綱吉は強く目を瞑った。
痛々しい程に弱り痩せた綱吉を見て、獄寺は胸が潰れる思いだった。
「綱吉」
は、と声のする方を振り返る。
「雲雀さん・・・、と・・・っ」
「・・・君達は早くお逃げなさい。もうすぐ此処も発見されるでしょう」
骸が極力綱吉を見ないようにしているのが、誰の目でも明らかだった。
「てめえ、骸ッ!」
「・・・っ」
獄寺に胸倉を掴まれ、それでも骸は誰の目も見ていない。
「てめえの所為で10代目は・・・っ!」
「知っています。誰もが僕を殺したいと願っているでしょう」
「・・・ッ!」
「ですが、殺すのは僕が此処に残って敵を全て喰い止めてからにして下さい」
骸は淡く微笑んだ。
その笑顔が、彼は今度こそ本当の意味で消えてしまう事を表している気がして、
「ふざけるなッ!」
綱吉は叫ぶ。
身体に障るのも、咽そうになるのも構わず、綱吉は力の限り怒鳴った。
「どれだけ心配したと思ってるんだよ!皆で捜して、捜して・・・っ、やっと見付けたと思ったら、罪滅ぼしのつもりかよ!」
「綱吉・・・っ」
ふら、と倒れそうになる綱吉に、雲雀が手を貸す。
此処まで感情的になったのは、久しぶりだと雲雀は記憶していた。
「大体、皆俺を何だと思ってるんだよ・・・!俺は硝子細工の置物なんかじゃない!俺は、このボンゴレファミリーの沢田綱吉なんだ・・・!」
綱吉の額に、輝かしい大空の炎が灯る。
その場に居た誰もが、嘆息を漏らした。
「・・・!10代目、敵が!」
無数の足音が響く。
此処が見つかるのも、時間の問題だろう。
「・・・困った人ですね。僕は戦うつもりですが・・・、君は如何しますか?」
「愚問だ」
久方ぶりに、ボンゴレファミリーが活気を取り戻した。
* * * * *
ボンゴレファミリーは、10代目ボス・沢田綱吉とその守護者達の奮戦によって守られた。
全てが平和に戻ってもなお、綱吉の病状は一向に回復しなかった。
聞かされた病名を、骸は記憶していない。
覚える気にもならなかった。
「この細い腕に、僕らは守られてきた・・・」
点滴が刺さる腕が、日に日に細くなっていくのが解る。
意識がはっきりしている事が少なくなって、1日に数回しか言葉を交わせなくなっていた。
元々色白の骸よりも白くなった綱吉の細い指に、自分の指を絡ませる。
「・・・本当は、僕は此処に居てはいけないと言うのに」
自分の所為で病に侵されたのだ。
現に綱吉の眠る部屋の扉の前には、見張りが立っている。
すり抜けるのは容易い。
「綱吉君、聞いてくれますか」
返事はなかった。
だがしかし、骸は後の言葉を続けた。
「君が僕に甘いから、僕はたくさんの人達に赦されて来ました。・・・いえ、黙認されていただけで、確かに殺意は向けられているのですが」
少しだけ口端を歪め、微笑む。
「僕はそろそろ、自分の罪と向き合って、相応の裁きを受けるべきだと思っています」
彼が起きていたら、怒るだろうか。
それとも、泣いてくれるだろうか。
どちらにしても、骸は裁きを受けるだろう。
ずっと考えていた。
「君の傍に居るには、僕は汚れすぎてしまった。・・・君に赦され続ける訳には、いかない」
だから。
「さようなら」
ようやく言えた「さよなら」が、脳裏に焼き付いて離れなかった。
* * * * *
久しぶりに目が覚めたら、最後に覚醒した日から1週間が経とうとしていて綱吉は先ず最初に床擦れの心配をした。
身体の具合も良かったので、恐る恐る裸足の足を床へと下ろす。
ひんやりとしたタイルの感触が心地良くて、綱吉は勢いに任せて数歩先の窓に寄り掛かった。
「・・・ふぅ」
―――――、
静寂が頬を撫でて、次の瞬間脳裏を“彼”の気配がよぎる。
「・・・骸・・・?」
ドクンドクンと、鼓動がやけに煩い。
嫌な予感は、すぐに当たる。
勘が冴えてしまうこの体質を、こんな時に恨んだ。
綱吉は急いで、緊急用に用意してあったスーツに着替える。
眩暈は慣れてしまえば、何と言う事はなかった。
扉の向こうには、綱吉を守る為の見張りが居る。
心中で謝り、綱吉は窓からその身を投げた。
悲劇は起こったばかりだった。
「リ、ボーン・・・?」
息を切らせて現れた綱吉に、彼の家庭教師であるリボーンが目を見開く。
「ツ、ナ・・・!?」
リボーンが握る黒い拳銃は、その銃口から白煙を漂わせていた。
その足元には赤黒い液体が流れていて、その源流は何処かと視線を移動させると、
「・・・っ!!」
横たわる、身体は。
「むくろ・・・」
「何故、君が、此処に・・・」
左胸を打ち抜かれ石畳に倒れている六道 骸が、苦痛に顔を歪ませる。
誰の声かも分からない制止を無視し、綱吉は骸に駆け寄った。
その身体を抱き寄せて、綱吉は叫んだ。
「どうして・・・ッ!何でリボーンが、骸を撃つんだよ・・・ッ!」
「彼は、悪くなん、て、ありません、よ・・・、初めから、僕、が・・・ッ」
せり上がって来た黒い血を吐き出して、それでも骸は言葉を紡ごうとする。
胸の銃痕からは絶えず血が流れて、綱吉は筋張った手のひらでそれを塞いだ。
「だから、言ったん、です、よ・・・、僕は、君が、怖い、って・・・」
「そんなの、知ってるよ・・・!」
誰も助けようとはしなかった。
それだけで、皆が骸の死を望んでいるのだと分かり、綱吉は瞳から涙を零す。
それしか、出来なかった。
骸の腕が伸ばされ、その指が綱吉の額に触れる。
彼特有の藍色の炎が、綱吉に共鳴する。
数多の映像が、綱吉の脳裏に走馬灯のように浮かんでは消える。
出逢い、戦い、再会し、そして―――・・・、
『 さ よ う な ら 』
別れの言葉が酷く近くで呟かれた気がして、綱吉は骸の顔を見た。
「む、く・・・ろ」
重力に従って、骸の腕が地面に落ちる。
ずん、と身体に重みを感じて、綱吉は骸の身体を揺さぶった。
「―――――」
骸の唇が、動く。
それきり、六道 骸は名前の通り、冷たい骸と化した。
長い長い時間が過ぎた気がした。
その資格はないと知りながらも、リボーンは綱吉の肩に手を置く。
「ツ、」
その手は払われて、そして逆の手の中の拳銃が奪われた。
弱りきった身体の、何処にそんな力が隠されていたのかと思うと、リボーンは酷く泣きたくなった。
「ツナ・・・ッ!」
「殺したのは・・・、」
虚ろな目で、綱吉が言う。
「引き金を引いたリボーンも、此処に居た、皆も・・・ッ!」
「ツナ・・・」
「皆が殺した!憎しみが、骸を、俺の大事な人を、殺した・・・ッ!」
綱吉の瞳に確かな殺意が爛々と煌き、誰もが戦慄した。
「俺も殺すよ、憎いから!」
ジャキ、と嫌な音が響く。
引き金を引き、拳銃を持つ綱吉の手は、誰の目から見ても震えていた。
『君を、愛していました』
彼は、自分が押し付けた愛の中で、溺れてしまった。
「(骸を殺したのは、俺だ・・・!)」
終焉への序曲
僕の懺骸【ムクロ】に、君が哭【ナ】く。
君が泣くだけで、僕が生きた意味は、確かにあったのに。
(2008.12.14 / 皮肉な運命で20のお題)